歴史
平安時代
元来、歴史的に見ると日本の陶磁器に関する技術は中国に対し2000年、朝鮮に対し1000年の遅れがありましたが、高火度の釉薬がかかった焼き物は最古の物で平安時代からです。
日本は中国、朝鮮の二国の影響を大きく受けて発達したものの、そのまま写したのではなく、日本独自の作風の道を進んできました。
平安時代に入ると、やはり土師器が使われ続ける一方で、須恵器は壺(つぼ)や甕(かめ)・鉢(はち)などの容器類が中心となります。
その一方で、多色の釉薬をほどこした奈良三彩が姿を消して、再び緑一色の緑釉陶器となりました。また新たに、高い温度で焼かれた、緑白色の釉をかけた灰釉陶器(かいゆうとうき)も、この平安時代からから作られることになります。
緑釉陶器や灰釉陶器は、ともに都などで使われることが多かったのですが、次第に地方でも使われるようになり、特に灰釉陶器は東日本にかなり広く流通しました。